前回までのあらすじ
茨城で一人暮らしをしていた弟(55)が孤独死。兄である私(62)のもとに不動産屋から連絡が入り、慌ただしく対応に追われる中、不動産屋の「懇意にしている業者」から届いた見積書は294万円という高額なものでした。おかしいと感じ、知人の紹介で東京のToDo-Companyさんに相談したところ、現地調査の末に届いた見積もりはわずか66万円。しかも弟が加入していた保険を使えることも分かり、ようやく光が見えたところで、第1話は終わっていました。

現場に現れた不動産屋
作業当日、ToDo-Companyの担当者とスタッフの方々が、弟の部屋に入り、養生や道具の準備を始めていました。20年間、弟が暮らしていた部屋に、初めて足を踏み入れた瞬間でした。玄関に立っただけで、言葉にならないにおいが鼻を刺激したことがこみ上げてきたのを覚えています。
作業が始まってしばらくした頃、玄関のチャイムが鳴りました。出てみると、そこに立っていたのは不動産屋の高齢の社長でした。
「近くまで来たものですから、様子を見に寄らせていただきました。」
そう言いながらも、部屋の中でToDo-Companyのスタッフが作業しているのを見た瞬間、その表情が一変しました。
「……本当に、うちの業者じゃなくて、こちらにお願いされたんですね。前にもお伝えした通り、指定業者以外の施工だと、消臭証明が出せませんよ。後々、においのクレームが出た場合、お兄さん、全部あなたの責任になりますが、本当にそれでいいんですか。」
弟が亡くなった、まさにその部屋の中で、そんな言葉を投げかけられるとは思ってもいませんでした。悲しみに浸る間もなく、また金銭的な脅しに近い言葉にさらされる。その理不尽さに、怒りに近い感情がこみ上げてきました。
一枚ずつ、別々の紙
不動産屋の社長は、鞄から二枚の紙を取り出しました。
「これ、一枚はお兄さん用、もう一枚はそちらの業者さん用です。それぞれサインしていただけますか。今、この場で書いていただければ、それ以上うるさいことは言いません。」
ToDo-Companyの担当者が、内容の確認と、双方が同じ場で内容を確認できる形にしてほしいと申し出ると、不動産屋の社長の態度が急に変わりました。
「はぁ? こっちは善意でご案内してるんですよ! それを、確認できないだの、サインできないだの……!」
声を荒げたその剣幕に、部屋の空気が一瞬で凍りつきました。私自身、びくっと肩が跳ねたのを覚えています。弟の部屋で、こんな怒鳴り声を聞くことになるとは、思ってもいませんでした。
「お兄さんも、早く楽になりたいでしょう。ここでサインすれば、それで終わりなんですから。」
不動産屋の社長は、私の方に紙とペンを突き出してきました。怒鳴られたことへの恐怖と、一刻も早くこの空気から逃れたいという気持ちが一気に押し寄せ、気づけば私はその紙にサインしてしまっていました。隣で止めようとするToDo-Companyの担当者の声も、その時はほとんど耳に入っていませんでした。
不動産屋の担当者は、業者用の紙も同じように差し出し、断りきれない空気の中、ToDo-Companyの担当者もやむなく署名することになりました。二枚の紙を回収すると、不動産屋の社長は満足そうな表情で、そそくさと部屋を出ていきました。
我に返って
不動産屋の足音が遠ざかるのを聞きながら、私はようやく我に返りました。手の中に、あの紙の控えが残っています。改めて読み直すと、やはり自分にとって一方的に不利な内容が並んでいました。
「サインしてしまいました……大丈夫でしょうか。」
震える声でそう尋ねると、ToDo-Companyの担当者は、私を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調でこう言いました。
「大丈夫です。ご安心ください。あの状況で、声を荒げられて、精神的に追い詰められた状態でサインさせられたのであれば、その署名は法的に無効を主張できる可能性が高いです。今のうちに、当時の状況を記録として残しておきましょう。」
そう言うと、担当の方は今起きたやり取りの詳細、何時頃、どのような言葉で迫られたか、声を荒げられたこと、私とToDo-Companyの担当者がサインした経緯を、その場でメモに残してくれました。あわせて、控えの写真も撮影し、私自身にも、覚えている限りの状況を話すよう促してくれました。
その言葉を聞いて、張り詰めていた糸が切れたように、その場で少し涙がこぼれました。あの怒鳴り声に押されて、判断を誤ってしまった自分を情けなく思っていましたが、「それでも後から正せる」と言ってもらえたことで、ようやく息ができるような気がしました。
