死後2ヶ月の孤独死現場を完全消臭。オゾンやバイオ洗浄を駆使した2ヶ月間の特殊清掃ドキュメント 〜第4話〜

前回までのあらすじ
遺品整理の日、お兄様がアルバムを前に涙を流されている間、私たちは別室で黙々と遺体跡の処理を進めていました。休憩を挟みながら、脱臭と部屋全体のクリーニングまでを終え、「におい、もうほとんど分からないですね」というお兄様の言葉に、少しだけ安堵した私たちでした。しかし、本当に手強い工程は、実はここからでした。

特殊清掃の技術で何度もバイオ洗浄を繰り返し綺麗になったコンクリートスラブの様子
▲ 何度も何度もバイオ洗浄と工程を積み重ね、徹底的に清められたコンクリートスラブ。染み込んだ目に見えないにおいの元まで根絶していきます。

発見まで2ヶ月という現実

弟様が見つかったのは、亡くなってから約2ヶ月が経過した後でした。20年近く一人で暮らしてこられた中で、誰にも気づかれないまま、これほどの時間が経ってしまった。その事実を最初に伺った時、私たちは覚悟を決めました。この期間の長さは、現場の状態に直結します。

フローリングを剥がすと、その下のスラブ(コンクリートの床)には、想像していた以上の量の体液が染み込んでいました。死後2ヶ月という時間は、体液がコンクリートの内部深くまで浸透するには、十分すぎる長さでした。

「ここまで浸透していると、一度や二度の洗浄では終わらない。」

そう言った通り、この案件は、私たちがこれまで対応してきた中でも、特に手のかかる現場になりました。

のべ2ヶ月、20回にわたる作業

最終的に、この部屋の作業には、2ヶ月の期間がかかりました。初動の処理を終えた後も、消臭のためだけに、20回現場に通い続けることになりました。

特殊清掃は一度の訪問で全てが終わるわけではありません。薬剤を使ってスラブを洗浄し、乾燥させ、数日おいてまた確認する。染み出しが見られれば、再び洗浄する。この地道な作業を、月単位で繰り返しました。

作業には、いくつかの手法を組み合わせました。まず微生物の力で汚れを分解する「バイオ洗浄」で、スラブの内部に残ったものを段階的に分解していきます。並行して、専用の薬剤による化学的な消臭処理を行い、臭いの元となる成分に直接働きかけました。

さらに、医療用の酸素を使用した超高濃度の「オゾンによる消臭」も行いました。通常のオゾン脱臭よりもさらに高い濃度で、部屋全体の空気と、目に見えない隙間にまで入り込んだ臭いの分子に作用させます。加えて、光を必要としない「無光触媒」による処理も施し、時間をかけて臭いの原因を分解し続けました。壁や天井には、消臭洗剤を使い、一面ずつ丁寧に洗浄と拭き上げをしていきました。

一つの手法だけに頼らず、いくつもの方法を重ねて初めて、ここまで深く染み込んだにおいには対応できます。これだけの工程を重ねる中で、臭気は回を追うごとに、確実に落ちていくのが分かりました。専用の測定機器の数値も、訪問のたびに改善が見られ、少しずつ手応えが生まれてい گے۔

けれど、私たちはそこで作業を終わりにはしませんでした。

臭いというのは、機械を使って一時的に抑え込むことができてしまいます。オゾンや薬剤が効いている間は、数値上、問題ないように見えることがあるのです。しかし、機械を止めた後に、また臭いが戻ってきてしまっては、意味がありません。

「本当に臭いが取り切れているかどうかは、機械を止めてみないと分からない。」

最終段階として、私たちはあえて全ての機械類を止め、1週間、何も手を加えずに部屋の状態を確認する期間を設けました。この1週間は、私たちにとっても、一番緊張する時間でした。もし少しでも臭いが戻ってくるようであれば、また一から作業をやり直す必要があります。

ご遺族には、これ以上つらい思いをしてほしくない

この長い工程を進めながら、頭にあったのは、ずっと同じことでした。お兄様には、もうこれ以上つらい思いをしてほしくない。

弟様を亡くされたこと。20年分の思い出と向き合われたこと。そして、あの不動産屋との一件。お兄様は、この数ヶ月だけで、一人の人間が背負うには十分すぎるほどのものを抱えてこられました。せめて、この部屋に関しては、もう二度と不安な思いをさせない。においが戻ってくるようなことがあれば、それはまた新たな心労として、お兄様の元に返ってしまいます。だからこそ、1週間という様子見の期間も含めて、私たちは妥協するわけにはいきませんでした。

任された責任、そして故人のために

「お兄様は、ここを私たちに任せてくださった。それは、簡単なことじゃない。」
信頼して任せていただいたということは、その分だけ、応えなければいけない責任があるということです。それは私たちの中で、口には出さずとも、共通した思いでした。20回という回数は、決して効率的とは言えないかもしれません。それでも、この現場に関しては、時間をかけるべきだと思いました。

私たちが2ヶ月にわたって手を動かし続けた本当の理由は、評価されることでも、効率よく案件を終えることでもありませんでした。この部屋で20年間、確かに生きていた弟様のために。

お会いしたことのない方ですが、アルバムに写っていた笑顔や、部屋のあちこちに残っていた生活の跡から、その人となりが伝ってくるようでした。最期の場所を、できる限り流れを整えること。それが、私たちにできる、故人への何よりの手向けだと思っています。

1週間の様子見期間を終え、臭いの戻りが一切ないことを確認できた時、現場には小さな安堵の空気が流れました。何度目かの確認作業を終えたスタッフの一人が、静かにこう言いました。

「これで、もう大丈夫です。」

その一言に、これまでの全てが報われたような気がしました。

2ヶ月間、20回に及ぶ執念の作業で掴み取った「完全脱臭」という動かぬ事実。

しかし、私たちの仕事はこれで終わりではありません。傷ついたお兄様をこれ以上脅させないために、そして「指定業者でなければ認めない」「損害賠償だ」と言い放ったあの不動産屋の化けの皮を完全に剥ぎ取るために。

25年の実績、そして完璧なデータを武器に臨む最後の引き渡し。不動産屋を完全に黙らせた、大逆転の結末とは。

第5話:奇跡の引き渡し、ボイスレコーダーが遺族を救った日

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