孤独死の遺品整理はどう進める?遺族の心に寄り添うプロの配慮と、コンクリート床の特殊清掃技術 〜第3話〜

前回までのあらすじ
現場に現れた不動産屋の社長から、強引に二枚の書面へのサインを迫られ、声を荒げられた末に、お兄様と私(ToDo-Companyの担当者)は、その場で不利な内容の書面にサインをしてしまいました。しかし当時の状況を記録し、後日正式に不動産屋へ通知することで、署名を無効にし、正しい形で手続きをやり直すことができました。そうして迎えたのが、いよいよ遺品整理を行う日でした。

孤独死の現場でフローリングの解体後に現れたコンクリートの遺体跡
▲ フローリングを剥がした下のコンクリート部分。長期間発見されなかった過酷な痕跡を、ご遺族の目に触れさせないよう、私たちは最善の配慮を持って作業に臨みます。

現場に入る前に決めていたこと

遺品整理と特殊清掃を同時に行う日、私たちは現場に入る前に、スタッフ間で一つの方針を確認していました。

「お兄様には、まず思い出の品と向き合う時間を過ごしていただきましょう。私たちは遺体跡を処理しますので、その様子ができる限り目に触れないよう、別の部屋から進めます。」

これは特別なことではなく、私たちが日頃から大切にしていることです。特殊清掃という作業は、どうしても機械的で事務的な印象を持たれがちですが、その部屋には必ず、誰かの暮らしと、誰かの死があります。ご遺族が最初に向き合うべきは、消毒液の匂いでも、養生シートでもなく、亡くなった方との思い出であるべきだと、私たちは考えています。

弟様が20年近く暮らしていた2DKの部屋。本棚には古いアルバムがあり、賞状や小物も残されていました。私たちはまず、そうした貴重品や思い出になりそうな物を一箇所に集め、お兄様が確認しやすいように、ある程度分けておきました。

遺品整理の現場で見つかった幼少期からの兄弟の思い出のアルバム
▲ 遺品整理の最中に発見された、幼い頃のお兄様と弟様の記録。20年の歳月を超え、止まっていた兄弟の時間が再び動き出します。

アルバムの前で動けなくなったお兄様

お兄様がアルバムを開いた瞬間、その表情が一変したのが分かりました。幼い頃の写真、運動会の一枚、成人式の家族写真。ページをめくるたびに、お兄様の目に涙があふれていくのが見えました。

「もっと連絡を取っていれば」「もっと会いに来ていれば」

そう小さく呟かれるのを聞きながら、私たちはあえて声をかけすぎないようにしていました。こういう時、下手に励ましの言葉をかけることが、かえってご遺族の気持ちを置き去りにしてしまうことがあると、これまでの経験で学んでいたからです。

お兄様は段ボールの前にしゃがみ込んだまま、しばらく動けなくなっていました。私たちにできることは、その時間をただ守ることでした。

見えないところで、私たちは遺体跡を処理していた

お兄様がアルバムに向き合っている間、私たちスタッフは、奥の部屋で黙々と遺体跡の処理を進めていました。

体液の除去、床材の状態確認、専用の薬剤を使った消毒作業。防護装備を身につけ、一つひとつの工程を丁寧に進めていきます。これは本来、ご遺族が立ち会う必要のない、私たちの専門領域です。お兄様がいる居間とは別の部屋から順に作業を進め、作業音や臭いができる限り伝わらないよう、換気や動線にも気を配りました。

正直なところ、こうした配慮は、口で言うほど簡単ではありません。限られた時間の中で、清掃の質を落とさず、かつご遺族の心情にも配慮しながら遺体跡の処理を進めるには、スタッフ全員の呼吸を合わせる必要があります。それでも、あの日お兄様が涙を流しながらも、静かにアルバムと向き合う時間を持てていたことが、私たちにとって何よりの確認でした。

特殊清掃の現場でコンクリート床のスラブまで染み込んだ体液を確認・洗浄するプロの技術
▲ フローリングを剥がし、基礎(コンクリートスラブ)に達した体液の染み込みを徹底調査。ここを完全に洗浄することが、後の「完全脱臭」へと繋がります。

「休憩しませんか」

一通り涙が落ち着いた後も、お兄様はどこか落ち着かない様子でした。不動産屋とのやり取りで神経をすり減らしていたこともあり、時折「本当にこれで大丈夫でしょうか」と、不安げに何度も同じことを尋ねられていました。長時間、感情を出し続けて、ご自身でも気づかないうちに疲れ切っていらっしゃるのが分かりました。

こういう時、言葉で気遣うよりも先に、動いてしまった方がいいことがあります。私は一度、断りを入れて部屋を出て、少し歩いた先にあった自動販売機で水を買ってきました。

「近くの自販機で水を買ってきたので、休憩しませんか。」

そう言って冷えたペットボトルを差し出すと、お兄様は少し驚いた様子で、それから小さく「ありがとうございます」と受け取ってくださいました。

キャップを開けて一口飲んだ後、お兄様の肩から、少しだけ力が抜けたのが分かりました。玄関先の段差に並んで腰掛け、しばらく無言の時間が流れました。何かを話す必要はなく、ただそこに一緒にいることが、あの時は一番大切なことのように思えました。

脱臭、そして部屋全体のクリーニングへ

遺体跡の処理が終わると、作業は次の工程に移ります。バイオ消臭剤をまんべんなく遺体跡にしみ込ませて、時間をかけてにおいの元を分解していきます。並行して、床、壁、天井、収納の中まで、部屋全体を丁寧にクリーニングしていきました。

お兄様が思い出の品を確認し終えた頃には、部屋の空気が少しずつ変わっていくのが分かりました。最初にこの部屋に入った時の重さが、時間をかけて薄れていく感覚は、何度経験しても、特別な瞬間だと感じます。

「におい、もうほとんど分からないですね。」

お兄様がぽつりとそう漏らされた時、隣で作業をしていたスタッフたちの表情にも、少しほっとしたものが浮かんでいました。20年分の暮らしの気配は残しながら、そこに重くのしかかっていたものだけを、丁寧に取り除いていく。それが、この日私たちが目指していた形でした。

しかし、特殊清掃の世界は、そう甘くはありません。 「今、におわない」のは当たり前。本当の恐怖は、作業が終わって数日後、部屋が密閉されたときに、コンクリートの奥底からジワジワと這い上がってくる「におい戻り臭」です。

294万円を吹っかけてきたあの不動産屋に、1ミリの文句も言わせずに完璧な状態で部屋を引き渡すため、ここからToDo-Companyの「1ヶ月間に及ぶ、執念の脱臭作戦」が始まります。

第4話:決戦の引き渡し、数値データが暴いた悪意

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