2025年、日本では約800万人が後期高齢者(75歳以上)となる、いわゆる「団塊の世代」が本格的に高齢化のピークを迎える超高齢社会が訪れます。
これまでの暮らし方や社会構造の延長では対応しきれない課題が、医療・介護・住まい・生活のさまざまな分野で表面化してくることが予想されます。
そのなかで、私たち特殊清掃員が特に懸念しているのが、不慮の死、特に浴槽内での溺死です。
2025年、日本は本格的な超高齢社会へ
2025年、団塊の世代がすべて75歳以上となり、後期高齢者は800万人を超えるとされています。 この大きな人口構造の変化により、医療・介護・住まい・生活支援の各分野で新たな課題が表面化していくことは確実です。

現場から見える“孤独死の増加”と高齢者の変化

私たち特殊清掃の現場では、孤独死の現場に日常的に立ち会います。とくに目立つのは、「誰にも看取られないまま自宅で亡くなるケース」が増えているという現実です。
体調の急変に気づかれることなく亡くなる──その背景には、地域のつながりの希薄化や単身高齢者の増加があります。
とくに懸念されるのが“浴槽内での溺死”

特殊清掃員として最も心配しているのは、浴槽内での溺死です。 高齢になると体力や判断力が落ち、急な低血圧や心筋梗塞などにより、入浴中に意識を失うケースが後を絶ちません。
発見が遅れれば、遺体は腐敗し、体液やにおいが建物全体に及ぶ深刻な状態となります。木造住宅では浴室から下層構造にまで汚れが広がることもあり、原状回復に大きな費用が発生します。
早期発見の鍵は「地域の目」と「見守り」
高齢者の孤独死を未然に防ぐには、自治体・地域・家族が連携して見守りのしくみを持つことが重要です。 定期訪問、センサー付き家電、見守りアプリなど、テクノロジーも活用した見守り支援が求められています。
特殊清掃が伝えたいこと:死後ではなく、“今”に備える
特殊清掃は、「死後に片づける仕事」ではありますが、現場に立ち会うたびに「もっと早く誰かが気づいていれば」と痛感する瞬間が何度もあります。 だからこそ、亡くなる前の段階でこそ備えが必要なのです。
ヒートショックがもたらす命の危険

高齢者の一人暮らしは、たとえ日々元気に暮らしていても、ほんの一瞬の体調変化によって命を落とす可能性があるということを、ぜひ知っていただきたいと思います。
その一因が、室内と脱衣所・浴室との温度差による「ヒートショック」です。寒い脱衣所から温かい湯船に急に入ることで、血圧が急変し、意識を失ってしまうことがあります。その際、前のめりに倒れてしまい、浴槽内で溺死に至るケースも少なくありません。
2025年から本格的な超高齢社会に入り、2042年ごろまでは高齢者人口の増加が続くとされています。このような時代において、従来の深い浴槽は高齢者にとってリスクとなる場合があり、足を滑らせることで事故につながることもあります。実際、浴槽内での死亡事故は毎年のように発生している、現実の問題です。
もし早期に発見されれば、遺体の損傷は少なくて済みます。しかし、何週間・何か月も発見が遅れた場合、浴槽内の水は腐敗し、カビや体液、腐敗した肉片による強烈な死臭が発生することになります。そうした状況に特殊清掃員が直面するケースも少なくありません。
こうした悲しい事態を防ぐために、以下のような工夫が有効です:
- 浴槽にはお湯を満杯に張らず、浅めの浴槽に交換したり、湯量を半分程度に抑える
- 入浴前後の室温管理をしっかり行い、温度差を減らす
- 長湯を避ける、タイマーを設定するなど安全対策を取り入れる
- 家族や見守り機器など、早期発見の仕組みをつくっておく
ヒートショックは、**湯船に長時間浸かることによっても発生します。**特に、足にたまった血液が、お風呂から上がる際に脳へ届くのが遅れることで、ふらつきや失神を引き起こす可能性があります。
高齢者が安全に入浴できる環境づくりは、孤独死を防ぐための第一歩です。
ご家庭でも、地域でも、いま一度「お風呂のリスク」について考えてみていただけたらと思います。
そのまま栓を抜けば詰まる

浴槽の中で亡くなり、発見まで長い時間が経過してしまった場合、どす黒く濁った水の中に遺体が沈んでいるという、日常では目にすることのない光景になってしまうことがあります。
そうした現場を目の当たりにした際の衝撃は非常に大きく、その光景が脳裏に焼き付いてしまい、後に夢にまで見ることがあるほどのショックを受けることもあります。
次に、浴槽内で亡くなった場合のにおいについてですが、特殊清掃の現場の中でも特に強烈な悪臭が発生するのがこのケースです。
従事するスタッフでさえも吐き気を催すほどの独特な腐敗臭が発生するため、防毒マスクを着用した状態で作業を行うことが不可欠です。
長期間浴槽内に遺体があった場合、遺体はふやけて組織が崩れ、肉片が浴槽の底に沈殿し、まるでヘドロのような状態になっていることがあります。この状態で誤って排水栓を開けてしまうと、排水口が細いため肉片が詰まり、排水ができなくなるおそれがあります。
そのため、作業ではまずバケツで浴槽内の濁った水をすくい上げ、トイレに流すという手順を繰り返す方法が取られます。
トイレは、浴槽の排水とは異なり、配管が直接流れる構造になっていて詰まりにくいため、より安全に処理できます。
水をすべて処理した後は、排水配管にこびりついた体液や脂肪成分のにおいを除去するために、高圧洗浄機を使って配管の内部を洗浄します。さらに、専用の消臭液などを用いて配管内のにおいも徹底的に除去していきます。
清掃の有無によっては数百万円の請求がくることも

特殊清掃を行うということは、その後の大家さんとのトラブルを回避する手段にもなります。
たとえ浴室で亡くなった場合であっても、長期間そのまま放置されていれば、においが部屋全体に染みついてしまい、脱臭にかかる期間が延びるだけでなく、浴室以外の原状回復費用まで請求される可能性があります。
「長期間放置された」とみなされると、壁紙の全面張り替えや浴室のフルリフォームが必要になることもあり、資産価値を重視する大家さんによっては、それらの費用もあわせて請求されるケースが見られます。
もちろん、請求された金額すべてをそのまま支払う義務があるわけではありません。
しかし、家族を亡くしたばかりの遺族にとって、感情的にも精神的にも負担の大きい状況下で、大家さんとのやり取りにエネルギーを割きたくないという人も多く、「ここで争うより、払ってしまったほうが早い」と泣き寝入りしてしまうケースも少なくありません。
2020年4月には、国土交通省から『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』が発表され、孤独死などの特殊なケースにおける費用負担の考え方も整理されました。
ただし、古くから賃貸経営を行っている個人の大家さんの中には、このガイドラインの内容を知らない場合もあり、現場では話がこじれてしまうこともあります。人もいて孤独死のような「自然死であっても1,000万円以上の過剰な請求をする相談にも乗ってきた」と特殊清掃専門家の増田氏は話す。
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001405362.pdf

特殊清掃21年の経験から見えた「住まい」と「死」の変化
― 増田氏が語る、現代建築と高齢者の不慮の死 ―
21年前に遺品整理と特殊清掃業を創業した増田氏は、これまで数多くの現場に携わってきました。
その中では、ご遺族と大家さんの間で起きるトラブルに立ち会うことも多く、ときには自身が巻き込まれ、大家さんから罵声を浴びる場面もあったといいます。
現代建築がもたらす「密閉空間」のリスク
数多くの現場を経験する中で、増田氏が感じたのは、日本の住宅が和風から洋風へと大きく変化していることです。
とくに「ヒートショック」で亡くなる人が増えている背景には、建築上の構造変化も一因になっていると話します。
昔の日本住宅では、左右どちらからも開けられる「引き戸」が使われており、障子やガラスを通して空気や熱が室内を循環しやすい構造でした。
一方、現代の住宅では、玄関から室内までがすべてドアで仕切られており、密閉性が高くなっています。ドアは空気の流れを完全に遮断するため、たとえば部屋を暖かくしても、脱衣所や浴室には暖気が伝わらず、強い寒暖差が生じてしまうのです。
こうした急激な温度差が、ヒートショックを引き起こす原因となり、健康な人でさえ不慮の死に至る可能性があると増田氏は警鐘を鳴らします。
「どちらの気持ちも分かるからこそ、もめてほしくない」
特殊清掃員は、ご遺族と大家さんの両方と関わります。
増田氏は「どちらの気持ちも分かるからこそ、もめる姿を見るのがいちばんつらい」と語ります。
故人を失い、深い悲しみの中にいるご遺族。
そして、部屋の資産価値や原状回復を心配する大家さん。
それぞれの立場に寄り添いながら、明け渡しまでを円滑に進めるために、経験と技術をもって清掃・脱臭を行っているのです。
高齢化社会の今、必要なのは「契約時の話し合い」
増田氏は、「誰もが、いつ当事者になるか分からない時代になった」と言います。
たとえ健康であっても、ヒートショックなどで突然意識を失い、命を落とすことはあり得ます。
だからこそ、不幸な出来事が起きたあとにトラブルになるのではなく、その前に備えておくことが重要です。
特に賃貸契約においては、貸す側・借りる側が“もしものとき”の対応について、事前にしっかり話し合っておくことが今後ますます必要になってくると増田氏は強調します。
デジタル化が進んでも基本的な対策ができていない

「助けを呼べない孤独死」を防ぐために──あなたが“気づく人”になるということ
孤独死の多くは、「助けを呼べなかった」という現実から始まります。
たとえ元気に暮らしていた高齢者であっても、急な発作やヒートショックで意識を失い、声を上げられないまま誰にも気づかれずに亡くなってしまう。
それが、いま私たちが向き合っている現実です。
ご近所の目が「命を救う通報」になる地域へ
たとえば一つの案ですが
玄関のインターホンの横に、緊急用のボタンと連動したランプを取り付けてはどうでしょうか。
子機は室内の手の届く場所、またはスマートフォンのアプリから押すことができ、ボタンを押せば外のランプが点滅。
それを見たご近所の人が、救急や警察へ通報する。
こうした**“周囲が気づく”仕組み**が、地域の中にもっと必要なのではないかと感じています。
「物事が起きてから」ではなく、「起きた直後に発見できる」ことが孤独死の最大の対策です。
助けを呼ぶことが難しくなる前に、自分で周囲に知らせるための工夫を少しでも生活に取り入れる。
それだけでも、大きな違いが生まれます。
なぜ孤独死は発見が遅れるのか?
孤独死の多くは、「第一発見者になりたくない」「通報に気が引ける」といった人間の心理的なハードルによって、発見が遅れる傾向があります。
発見した人は、警察からいろいろと聞かれたり、精神的なショックを受けることもあります。
だからこそ、“気づける仕組み”と“通報しやすい環境”が必要なのです。
たとえ隣人の名前を知らなくても、賃貸契約時にオーナーがそういったリスクについて説明しておくだけでも、孤独死の長期放置は防げる可能性があります。
大家さんや管理会社が入居者に事前に伝えておくことで、地域全体で「気にかける文化」を育てることができるはずです。
最後に伝えたいこと
人の死は、人でしか発見できません。
そして、いちばん「見つけてほしい」と願っているのは、きっと亡くなった故人です。
誰かが気づいてくれれば、数週間も放置されることはありません。
早くに発見されれば、特殊清掃の作業も最小限で済み、においも残りにくく、大家さんが請求する原状回復費用も抑えることができます。
何より、故人が尊厳をもって見送られることにつながります。
通報一つで、状況は変わります。
あなたの行動が、人の命を守るきっかけになるかもしれません。
この文章を通して、人としての気づきと優しさを、少しでも多くの方に届けられたらと思います。
長い文章でしたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
